2026.05.18
大峯山・戸開式
2026年5月2日、深夜11時30分。奈良県山上ヶ岳(標高1917m)頂上に建つ大峯山寺で、3日午前3時から執り行われる戸開式(とあけしき)に参列するため麓の駐車場に車を停めた。
大峯山寺は1300年以上続く修験道の根本道場であり、修験道とは山岳信仰を基盤に密教や神道の要素が結びついた日本独自の信仰形態だ。信仰的理由から今なお女人禁制を守り続けている。5月3日午前3時に戸開式が執り行われ、本堂の扉が開かれる。冬は雪に覆われるため、9月23日午前3時に戸閉式(とじめしき)が執り行われ本堂の扉が閉められる。この143日間が大峯修験道の本格的なシーズンとなる。
8年前、西ノ覗(にしののぞき)と呼ばれる行場を体験してから毎年登拝している。昨年、縁あって山頂の宿坊に宿泊し戸閉式に初めて参列した。星空の下で般若心経と法螺貝の音が響き、寺前で焚かれた護摩の火の粉は星々に同化するように消えていった。その光景に心奪われた。その時ある人から「戸開式はより特別な空気が漂っている」と聴き、戸開式の空気を肌で感じてみたいと思い参列すると決めた。
ヘッドライトと月明かりを頼りに山道を進む。木々は天高く伸び、上空を風が大きな塊となって駆け抜けていく。夜空に浮かぶ丸い月が雲で見え隠れする。深夜の森は虫の音もなく静寂だった。自分の息づかいと時折遠くから聞こえてくる法螺貝の音が暗闇に吸い込まれていく。木々の根を踏みしめ、岩場の鎖を越え、3時間かけ大峯山寺に到着した。法被をきた講社の方々、白装束の山伏の方々、一般参列者あわせて150人から200人ほどが参列していた。
間も無くして「ほな、いこか!」という声を合図に、男たちの「わっしょい! わっしょい!」という掛け声がはじまった。4人で組まれた人馬が数騎、提灯を手にした人々を先導し行列をつくる。行列は大きな円を描き、寺前を練り歩く。人馬の中央に乗った男たちは戸を開ける大きな鍵を夜空へ突き上げ、左右に大きく振る。法螺貝がそこかしこでたてられると空気を震わせ、漆黒の山々へと伝播していく。大きな掛け声と法螺貝の音が重なり、場の空気は「はじまるぞ」という熱気をおびる。
扉が開けられた。次々と僧侶さんや講社さん、山伏の方々が寺内へ入っていく。寺の内陣ではご本尊の蔵王権現(ざろうごんげん)像や安置されている10数体の仏様、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)さんの像の前で般若心経が唱えられている。般若心経が堂内をうねるように覆いつくす。同時に寺前では護摩が焚かれ、講社の方々によって般若心経が唱えられている。護摩の火の粉と煙に先導されるように、般若心経が天高らかに昇っていく。時刻は4時30分をすぎ、月夜が終わりを告げようとする頃、一般参列者も堂内の内陣へ入ることが許された。
ご本尊と各仏様に手を合わせる。板間の内陣をまわっていくと、役行者さんの像の前で参列者10数名ごとに僧侶さんが一緒に般若心経を唱えられている。私も手を合わせ、般若心経を唱えた。昨年、戸開式に参列しようと決めた時、般若心経を覚えようとも決め、ここに来た。
美容師の仕事を終え車を走らせ、山を登った体の疲れはピークむかえていた。頭もぼんやりする中で、腹のそこから力をうねりだすように唱えた。無心で唱えた。参拝後、寺前の護摩の残火は冷たい山風にあおられ、パチパチと爆ぜていた。その炎をみながら1300年も続く修験道のこと、密教の「空」について思いを巡らせた。東の山々の稜線が次第に明るくなる頃、戸開式が終わった。淡く照らされる立ち枯れした木々を眺めながら、また来年の5月3日ここにくることを決め、山をおりた。
AI時代はもっともな答えをAIが教えてくれるようになった。しかし、体感することでしか得ることのできない、言葉にならない何かがたしかに在る。その何かを絵にしたいと思う。2026年1月から大峯の山々でみた景色をF30号(910×727mm)3つの連作として創作している。朝日に照らされる森からはじまり、夜の静かな森へと変化する時間を描いている。また1300年続いてきた人々の祈りや、戸開式と戸閉式で感じた言葉にできない体感を絵に落とし込みたいと思い、筆を走らせている。5月中には完成予定だ。今日も今から戸開式での体感を色にのせ、筆を走らせる。
PS:
大峯山寺内陣に安置されている仏様の中に、江戸時代に活躍した仏師である円空さんが彫った円空仏(えんくうぼとけ)がおられる。8年前にはじめて拝見した時から大好きな仏様となり、毎年会いに来ている。その時のことは以前、WEBメディア『CORECOLOR』の記事にも書かせて頂いた。
しかし、昨年参加した戸閉式の際、円空仏の姿がなかった。残念な気持ちとどうしておられないのかと疑問だった。そんな疑問が解けたのが戸開式に参加する前週、奈良国立博物館で開催されている『神仏の山 吉野・大峯 ー蔵王権現に捧げた祈りと美ー』をみにいった時だった。
この展示では1917mの山頂に建つ大峯山寺からご本尊の蔵王権現像を含む5体の仏様が初めて山をくだり展示されている。同時に毎年会うことを楽しみにしている円空仏も初めて山をくだり展示されていた。そこで手を合わせることができた。今後、2度と山をくだることがないかもしれない今回の展示はとても貴重だ。
『神仏の山 吉野・大峯 ー蔵王権現に捧げた祈りと美ー』
前期展示が終わり、後期展示が6月7日まで開催されている。
https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/202604_yoshino